おしらせ

2018-04-15 19:15:00

激減したけど ツバメはすてきだ

 初夏のような最高記録の暑さが続いた後に、平均気温に戻ると体感的に寒い、もうストーブは、と思っていた矢先に、しっかり暖をとる夜が続いている。つい先日、いつもの薪置き場に、剪定した木が山積みになっていた。たぶん前にもらった植木屋さんだと思うが、まだ確かめていない。時々新鮮な葉っぱなどもついているから、切ったばかりであろう、そのような木はほとんど燃やしたことがない、ある程度乾かさなくてはと、思っていたが、山火事では生木が燃えているのが不思議だった。試しに燃やしたら、焚き付けの乾いた薪を多めに使えば、燃え移り、ゆっくり長く燃える、廃材薪ストーブ歴35年でやっと新しい薪の素晴らしさを味会う。でも廃材との付き合いは続けていきたい、使えるものは貯めておき、作業場や鶏やヤギの小屋など常に役に立ってきた。ただ燃やすと釘が出るので、灰を網でこす作業が増える、畑や、廃材置き場周辺等に常に釘は散らばり、よくパンクするのも困るが、でも米を蒸かす時などは高燃焼する廃材も絶対にほしい。町場での、もらい先、置き場の整理、燃やし方などをあと20年はは極められるな、いやこれは我が身が灰になるまでの仕事だよね。そうゆえば、秋田婆ちゃんの火葬の時、いつものように骨を食べた、けっこう大粒だったので噛んだが潰れなかった、けっこう固いじゃんと生命力を感じた。あさっては6七日、その次の49日までは「ふだらく」という念仏をあげたい。毎朝水や線香をあげる写真の列に新しく加わった婆ちゃんの写真、あまりにも元気そうでその顔がなんか馴染めない、自分の両親のもそう、写真、探さなくては。

2018-04-15 19:13:00

   暑さに追いかけられる春

 やぁちまったー、胡瓜、南瓜、そして稲までも、苗を大徒長させてしまった。記録的な暑さにいっぺんに成長したのだ。定植したカボチャは翌日にばかっ風にあおられ、完全に萎えている、胡瓜もヤバそう、「生きかえれ」と水をやるしかない、ダメなら苗を買う算段をすればいい、これも勉強、嘆いている暇はないぞ。 もう水路の水かさも上がってきた。もう1週間もすれば水路に水が流れ出す。その前に、遅れている堆肥散布と荒起し作業を済ませねばと気がせく、細かな畑作業をする上でも、田んぼの大仕事にめどを付けなくては頭が、心が動かない。数年先には春秋の農繁期には、部門別に担当者できる体制をとりたいな、その為にはスタッフを育てるしかない、ユウ、頑張れ。そんな矢先の数日前彼は突然、首回りに異常な痛みを発症し整骨院に駆け込んだ、おっと、この時期に、超ヤバいじゃん、でも肺炎騒動、婆ちゃんの弔い時、彼らはしっかり農園を守ってくれた。大変さはまるっきり顔に出さないが疲れたのだろう、月初めには実家から新居のアパートに移り、出産を来月末に控えた新婚生活の始まりで、以前、屋久島で皆既月食を二人で見た4月4日を記念日として結婚届けを出したその晩に痛みは始まった。気が緩んだろうな、俺の肺炎と同じだ。 数日ゆっくりしたら完全復活、まことにありがたい。いつもこの時期フル稼働させた機械たちの大きな故障が必ず出る、今年は小さいのはあるがまだない、その代わりに人体?

 忙しいが合間には本を読みレコードをかける。これはけっこういい薬のような気がする。逃げもあるな。

2018-04-01 19:49:00

子育て終了 金勘定の心が醜い

 26日、月曜日の午後2時、医師や看護師など国家試験の合否の発表の時間。トラクターを降りて携帯を見るとすでに10分以上過ぎている。着信も入っている、さて、お願いと電話をすると「父ちゃん、受かったよ」とはしゃぐ麻実の声が。安堵が全身を包む、「子育て終了」の、のぼりが立った。これで6人全てが社会を泳ぐ。今年は家族の大変革の年、桃太、貝人は新たな職を考えてる、くるみは真澄屋に入る予定、イザナは芝居での海外公演が入り、圭太は40のおっさんに。みんな、それぞれに自由で元気、一番元気なのは、かあちゃんだ、いたって楽しそうに日々をすごしている。ありがたいです、ご先祖さんのお導きのおかげです、と日々線香をあげながら、秋田婆ちゃんの初七日を忘れていた。四十九日まで毎週、秋田の里の習慣「ふだらく」を唱えようと、教本を引っ張り出しておいたのに、まだまだ余裕が足らんのだ、でも、こんなに良い機会を作ってくれた婆ちゃんに感謝するためにも、信心の練習を少しよう。多少日にちがずれてもOK、信心は積み重ねも重要と最近思えてきた。 毎日朝ご飯を食べる前に「今日一日、みんなに光り輝ける時を~」と唱えるんだけど、心の芯からそう思ってない自分が透けて見え、自分の慈悲の至らなさを唱えながら思う。でも唱えておくと、日々の仲間への行動が少しは変化する。 「愛とは何ぞや」と探求し始めた十五の頃より、随分長い年月がたち、六十前にして、やっと手がかりを得たような気がする。 今日は三回目の図書館通い。一〇代からから好きだった、「いわんや悪人もや往生」の親鸞の本を借りてきたよ。

2018-04-01 19:48:00

霊柩車に親指隠すの終わりだね

  秋田はまだ雪景色、まだ50㎝の雪に田畑は埋もれていた。婆ちゃん(マサの母)の弔いに家族4人で駆けつけた。春分の前日の昼に急に亡くなり、看取ることはできなかったが納棺には間に合った。顔にしわは無く、ほおには紅をさしたように赤みがさし、白髪の根元には黒い毛が、まだ生きる気満々、でも身体はしっかり冷たい。90才、寝たきりになって2年、でも食事はベットからおり、背を伸ばして食べていたそうで、数日前からテレビを見なくなった位で、急な死にみんな驚いていた。 

 二日間家族や部落の人たちと話しまくった。秋田弁のシャワーをたっぷりあびた。婆ちゃんが亡くなったら、秋田との縁は薄くなるだろうと覚悟していたが、家族や部落の人たちに親しみが増し、また会いたいなとの気持ちが持てた。婆ちゃんの引き合わせだね、感謝。

 流山では冷たい雨の二日間、秋田は崩れず、真っ白な秋田富士の鳥海山が神々しく、夜は流れ星も見た。御馳走や外食はどれも感慨無し、焼き場で出たおにぎりと姉さんが焚き誤った固いご飯とみそ汁が美味かった。

 49日まで毎週「ふだらく」を部落の人たちと唱える。

 八番 大和の国長谷寺 いくたびも 参る心は長谷寺 山も誓いも 深き谷川  と西国三三ヶ所の寺を巡り、最後は下野(しもつけ)念仏で終わる。約30分。帰りの車中、くるみが運転しながら「爺ちゃんの時、面倒だったけど、今回、これイイと思った」とのこと、雨の常磐高速、午前2時ごろ、南相馬を過ぎたあたり。

2018-04-01 19:46:00

晩年に億万長者、さてどう変わる?

 「畦燃やしを、米作っている人たちでやることになったので来てくれる」。と数日前に付きあいの深いIさんからの依頼、その地区は共同で水路の管理をやれなくなって10年位になる、以前は真夏の最盛期でも炎天下の中、年よりたちが草刈り機やクワを使い半日作業をこなし、昼からはうな丼を食い宴会となった、みんな元気だった。その後、担い手が減り、委託作業として真澄農園で引き受けていたが、水はけが悪く、機械作業の困難な半分の地域は急速に休墾され、うちの仕事もなくなった。 久しぶりの共同作業の復活と思い、何なんだろうと、とても思い深く参加した。 当日小雨と強風の中、今後の予定の都合で強行された、簡単な作業だったら俺一人で参加のつもりだったが、人出はほしいと感じられたので、ユウ夫妻を参加させた、その縁の深い地区人たちには「跡継ぎ」として是非とも紹介しておきたかった。

 以前のあぜ燃やし作業とは違い、主要な幹線水路ワキをきれいにする事だった、これは部落の共同作業ではなく、土地改良区の役員の仕事だが、その地区の親方たちも、明日をもしれぬ年寄りが半数、後継者もいない。でも休墾田地区に流通センターが作られることが決まり、各家に1年以内に数千万、数億が入金される。今までもそれなりに土地関係で裕福なのに更なる大金が死に際に尾転がり込む、迷うだろうなぁー困るだろうなぁー、みんな昔より元気がない、みんなの状況判断を聞くと、半分の残った田んぼはこれから30年以上は開発は無いだろうとのこと。面倒な事はあいつらにやらせようかと呼ばれたのだろう。よござんすよ、OKです。

1 2 3 4